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自己紹介文

遠藤ミチロウ プロフィール

 1950年日本福島県に生まれる。高校時代「ドアーズ」に衝撃を受ける。大学卒業後、東南アジアを放浪。1980年セックス・ピストルズやパティスミスなどに感化されパンクロックバンド「THE STALIN」を結成する。攻撃的なサウンドと一ひねりも二ひねりもした歌詞で皮肉を込めて攻撃するスタイルは斬新で脚光を浴びる。鳥や豚の臓物や生首を客席に投げ込んだり、全裸で客席に飛び込むなど演劇的とも呼べる派手なライブ活動が、女性週刊誌などに掲載され一躍マスコミの話題となる。
 1981年1stアルバム「trash」を発売するが驚異的売れ行きで完売となる。1982年映画「爆裂都市・BURST CITY」に悪玉パンク役として出演しメジャーグラウンド映画にアンダーグラウンド音楽シーンが展開され話題を呼ぶ。
 同年、徳間ジャパンよりメジャーデビュー。アルバム「STOP JAP」「虫」がベストセラーを記録、日本に於けるパンクロックシーンの旗手となる。
 1985年、人気絶頂の最中に解散。キングレコードとソロ契約。「グロテスク・ニュー・ポップ」をコンセプトにした12inミニLP3連作を発表。その後、ビル・ラズウェルや現代日本を代表する演出家であり、「世界のニナガワ」とも呼ばれる蜷川幸雄とのコラボレーションなどボーダレスで活動。
1987年「ビデオ・スターリン」「パラノイアスター」の2バンドを結成する。
1989年、定冠詞のつかない「スターリン」というバンド名で復活。東西ベルリンのライブハウス、ポーランドのロック・フェスティバルに出演。アメリカのホピ族の集落などでライブを行う。
1993年からはアコースティック・ソロ活動を開始。「アンプラグドパンク」スタイルで数々のアルバムを発表し高い評価を受ける。その評価はミュージックシーンだけでなく、文芸・演劇・映像シーンからも熱い支持を得て、次代の若者にも影響を与える。97年・02年とタイチェンマイで行われた「いのちの祭り」に出演。
 21世紀に入り多彩なライブ活動を展開する。中村達也(Drums/ex.BLANKEY JETCITY)とのユニット「Touch-Me」、石塚俊明(Drums/頭脳警察)と坂本弘道(Cello,MusicalSaw)とのトリオ「ノータリンズ」。クハラカズユキ(Drums/ex.THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)と山本久土(AG,Cho /MOST,東口トルエンズ)とのトリオ
「M.J.Q」としても現在活動中。FUJI ROCK FESTIVAL、ROCKIN'ON PRESENTS COUNT DOWN JAPAN、RISING SUN ROCK FESTIVALなどにも出演。詩集、写真集、エッセイ集なども多数出版する。現在日本で最もソリッドなスタイルのアコースティックギターで全国各地、年間150本のライブを回る。トラベリングパンク歌手・ミチロウは今なおヘヴィな言葉の肉弾を放ち続けている。